【女の子】 「うん、知ってる。帽子から 鳩を出す人のことだよね」
期待を込めたまなざしを向けられ、チャーリーさんはちょっと 気取って頭を下げた。 【チャーリー】 「今日はあいにく、 鳩はお出かけ中でね。その代わり……」
彼がくるりと手を回すと、 きれいな赤いバラの花が現れた。
女の子の頭を撫でながら、チャーリーさんはバラを彼女の手のひらにのせた。 それからそのバラを軽く握らせて、自らの手をかぶせる。
【芽衣】 「……!」
私は小さく息を呑んだ。
藤田さんが、着物を腰まで下ろし、 手ぬぐいで汗を拭っていたところ だったからだ。
【芽衣】 (うわわわわわわ)
程よく筋肉がついた、肩から胸もとにかけてのライン。
無駄な肉なんて一切ついていない、均整の取れたきれいな身体。
汗で濡れた肌についた髪は、ほのかな色気まで感じられた。
【主人公】 「いつか……もしも私が蛍になって会いに来たら、八雲さんは気づいてくれるでしょうか?」
何気なく浮かんだ問いを投げかける。 もしも私が、八雲さんよりも先にこの世を去ったとして。
ひとめ会いたいと願うあまり、蛍の姿にかたちを変えて現れたとしたら──。
【八雲】 「もちろん、私は貴女がどんな姿かたちでも気づくでしょう。目に見えるもので判別するのではなく、魂が惹き合うと思うからです。」
そう囁く八雲さんの瞳は、あたりを群舞する光よりも綺麗だ。 青と緑が綾なす宝石みたいに。
【音二郎】 「おまえ、やっぱり俺を男として意識してねえから、こんな無防備な姿を晒すんじゃねえのか?」
【主人公】 「……っ、あ、あのっ」
【音二郎】 「どうだ、俺と鏡花ちゃん、どっちが男に見える? はっきり答えてみろよ」
少しずつ近づいてくる顔。
甘い吐息が鼻の頭に落ち、男の顔をした音二郎さんが、妖しく私の唇を見つめる。
ふいに、手が伸びてくる。
一瞬のためらいのあと、 鏡花さんの指が、そっと私の髪に触れた。
【主人公】 「……っ……」
その指は、 もてあそぶように私の髪に絡んでいる。
頬には直接触れていないのに、 その手のぬくもりはしっかりと私に 伝わっていた。 こうやって、鏡花さんのほうから 私に触れてくるなんて初めてかもしれない。
手を掴まれたりすることはあったけど、 あれはたまたまというか、今のような意図的な行動ではなかった。
【鏡花】 「へえ……。 ちゃんと触れるんだ」
【鴎外】 「春草には、どこまで近づかれたのかな」
【主人公】 「ど、どこまでって」
【鴎外】 「このぐらい?」
唇が触れそうな距離まで顔を近づけられ、私は身体を強張らせた。
【鴎外】 「いや、もっと近かっただろうか」
さらに近く。
唇の隙間から零れる鴎外さんの吐息が、 私の唇にかかる。
鴎外さんの熱が触れた肌から入り込み、 私の身体までをも熱くする。
【春草】 「こうやって、力ずくで抱き寄せられたら……どうするつもり?」
【主人公】 「!」
【春草】 「どうすることもできないだろ。 君なんか隙だらけで、たいした力もない」
【春草】 「されるがままになるしか……」
もう1度唇を重ねて、甘く息が混ざる。 深く呼吸をするたびに、幸せなのに、 涙が出そうになる。
【チャーリー】 「こうしてずっと、抱きしめていたいよ……」
何度も、何度でも 甘く重なり、溶けていく唇。 私の腕から力が抜け、いつしかすべてを委ねるようにもたれかかっていた。
【藤田】 「おまえが寒さをしのがないのなら、俺がしのいでやるよりほかはない」
【藤田】 「……どうだ。 こうして抱いてやると、暖かいか」
藤田さんの胸はたくましく、熱くて、夜風に冷えた私の身体を芯からあたためてくれる。
ほのかなお酒の香り。
頭の中がふわふわと気持ちよくて、このまますべてを藤田さんに預けてしまいたくなる。
首から耳朶へ、小さくキスが降る。
手首をぎゅっと掴まれ、動けなくなったところで改めて深く口づけされた。
【主人公】 「~~~ッ」
【八雲】 「おや、貴女には少しばかり刺激が強すぎたでしょうか?」
【八雲】 「……ですが、しかたありませんよね、 こういったキスにも慣れていただきませんと」
【主人公】 「あ……の……っ」 【音二郎】 「ほーら、逃げときゃよかっただろ?」
【主人公】 「な……っ」
【音二郎】 「ま、もう遅いけどな……」 【音二郎】 「……力抜けって」
もう1度耳に優しくキスされて、ますます緊張で力が入る。
そんな私の背中を、音二郎さんはゆっくりと撫でた。
【鏡花】 「ねえ、どうしてくれるんだよ。1度知ったら、もっと知りたくなる。1度触ったら、もっと……」
額に、頬に、顎に、 その唇が触れる。
【鏡花】 「……ん……」
【主人公】 「……っ」 そして、私の唇に。
落とされる口づけは、甘い刻印のよう。
【鏡花】 「このままだと、もっとたくさん…… あんたに触れるよ?」
【鏡花】 「あんたがここから逃げ出さない限り… 僕はあんたに触れ続けるから」 【鏡花】 「それでもいいの? ねえ……」
【主人公】 「鴎外さ……」
手首を掴まれ、布団に押しつけられる。
【鴎外】 「……はは。 まったく、いつまでたっても隙だらけなのだなあ。おまえという娘は」
【鴎外】 「そんなふうだから、こんなに容易につけこまれてしまう」
【春草】 「ひどい顔」
【主人公】 「なっ……」
春草さんはいつもどおり冷ややかに、ふんと鼻で笑う。
【春草】 「……そんな顔もかわいいけど」
【主人公】 「っ……?」
私の唇を、春草さんの唇が軽くかすめる。
驚きのあまり声を出せないでいると、春草さんは私のおでこにおでこをくっつけてきた。
【春草】 「どうして、そんなに熱いの」
【主人公】 「だって……」
触れ合う手と手。からむ吐息。 ドキドキしすぎて、まともに春草さんの目を見ることができない。
【主人公】 「チャーリーさん……?」
夜が遠のき、朝が近づくにつれて、重なった手から温もりが失われるのはどうしてなのか。 光が射したそばから、彼の肩や、腕や、顔が、薄く存在を欠いていく。 まるで夢から醒める直前みたいな、光の透過する景色。 その中心にチャーリーさんがいた。今にも消え入りそうな笑顔で。
【チャーリー】 「ごめんね。ずっと一緒にいてあげられなくて」
【主人公】
「ご、ごごご、ごめんなさい……!あの、お怪我はっ」
【藤田】
「俺のことなどどうでもいい。おまえはどうなんだ」
そのため息が、私の耳へとわずかに届く。
「な、なんともないです、藤田さんのおかげで」
「……そうか」
いつも以上に声が近くて、こんな状況なのに胸が高鳴る。
背中に密着する、藤田さんの広い胸。
温かい息づかい。
早く立ち上がらなきゃいけないのに動けない。
磨き込まれたフロアの上で廻る景色。 ターンするごとにシャンデリアから光の粒が弾け、シャワーのように身体中に降り注ぐ。
【主人公】 「ちょ、ちょっと待ってください、 足がうまく……」
【八雲】 「ふふ、大丈夫ですよ。 ……そう、右足、左足、くるっと回って……そうです!」 きらきらとした華やかな雰囲気の中、優美な弦楽器の音色に乗せられて、おぼつかないステップもなめらかになる。 【八雲】 「ふふ、なかなか上手ではありませんか。とても初めてとは思えないほど筋がいい」
【音二郎】 『……恋しい人と分かれているときは、 うたを唄えば紛れるものかえ』
それくらい音二郎さんは美しく、私が見た白雪さんそのものだった。
【主人公】 (まさかまた、白雪さんがのりうつっちゃったんじゃ……)
舞台を観ている間はずっとひやひやしていた私だけど。
──舞台が終わったら、音二郎さんはちゃんと音二郎さんに 戻っていてくれた。
【音二郎】 「早くそこをどかないと、素っ裸にして外に放っちまうけどいいのか~い?」 【主人公】 「だ、だめですよそんなことしたらっ!」
【音二郎】 「……おや、なんだいこの子。 寝てるじゃないか」
【主人公】 (えっ)
音二郎さんは蹴りを入れていた足を止め、 鏡花さんの顔を覗き込んだ。
【鏡花】 「すー……すー……」
頭の中が真っ白になった。
私は今、なぜか鴎外さんに抱きしめられている。
その事実を脳が認識するまで、10秒ぐらいはかかったんじゃないかと思う。
【鴎外】 「まったく、心配をかけさせて!」
【鴎外】 「おまえの身にもしものことがあったら、僕はこの先どうやって生きていけばいいと言うのかいっ?」
【主人公】 (ん?)
誰かが私の腕をつかんでいた。
誰かといっても、ここには春草さんしかいないのだけど。
【春草】 「え……」
春草さん自身も自分の行動に驚いているようだった。
【主人公】 「あの、私、鴎外さんに呼ばれているので……」
【春草】 「わ、わかってる、そんなこと」
と言いながらも、春草さんは手を放してくれない。
【チャーリー】 「やあやあ、無事だったようだね。お嬢さん」
【主人公】 「あ!」
燕尾服に片眼鏡。 糸のように細い目。 そこにいたのは、お祭り会場でマジックを 披露していた例の奇術師だった。
【主人公】 「藤田さん、あれはなんですか?」
【藤田】 「……陸軍士官学校だ」
【主人公】 「あの神社は?」 【藤田】 「市谷亀岡八幡宮」
【主人公】 「あのお店は」
【藤田】 「おい。観光に来ているんじゃない」
【主人公】 「え、じゃあ……なにをしに来たんですか?」
【藤田】 「ただの巡回だ」
【主人公】 「八雲さ……」
ドアを開けると、 私の部屋とほぼ同じつくりの室内が 目に入ってくる。
テーブルには積み重ねられた本の山、 そしてかすかに漂う煙草の匂い。
そして部屋の中央には──。
男の人がいた。
髪の濡れた、線の細い和装姿の男の人だ。
西洋的な顔立ちだけど、 目を伏せた角度によっては 東洋人っぽくも見えたりして。
なんともオリエンタルな、 不思議な雰囲気を漂わせている。
【主人公】 「…………」
綺麗な顔をしてる人だなあと、 ついつい見とれた。
PSP®専用ソフト 明治東亰恋伽(めいじとうきょうれんか)|シナリオ:魚住ユキコ|イラスト:かる
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